「かおり」と言っても、スタッフのかおりさんのことではありません、念のため…。嗅覚で感じるかおりのことをお話ししてみたいと思います。
 米沢の春は待ち望んでいただけに、本当に美しいと感じます。特に今年は今までになくそう感じます。きっと、場所が元園長宅に移り、様々な花が次々と咲く様子を目の当たりにできるからなのでしょうね。
 先日、バスを降り立った途端、かぐわしいかおりに取り囲まれ、わたしは思わず声を上げてしまいました。でも、米沢に住んでいる人たちにとっては当たり前のこと、日常的なことなので、あまり感じないようで…。その時、本当に次から次と違うかおりがわたしを取り巻いてきて驚きました。
 振り返ってみると、震災以降、福島で花や草の萌えたつかおり、土のにおいを感じたことがありません。以前、時々運転をしてくれる市民測定所の清水さんが、福島に帰ってきた時、「米沢は空気が違うね~」と言っていました。それは、ただなんとなく、ということではなく、福島には測定できるほどの放射線核種の超微粒子が空気中にあるということなので、本当に空気が違うのだ、と教えてくれました。わたしはなるほど、と思いました。
 昨年の森のムッレリーダー養成講座の中で、講師の高見さんが、「思い出はにおいと共に記憶される」ということを話していました。子どものころの記憶はにおいと共に思い出されるというのです。だから、花のにおいをかいでみて、と子ども達にいうことはとっても大切なのだ、と。そして、おいしい食べ物をにおいと共にいただくことも。
 わたしは先日、あのかおりに取り囲まれた時から様々思い巡らしているのですが、もしかしたら、五感のうち一番大切なのは嗅覚かもしれない、と。視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚のうち、直接命に関わるのは鼻の機能です。見えなくても、聞こえなくても生きていけるし、今は医療技術が発達しているので、口から食べなくても命はながらえます。五体が整っていなくても同様です。しかし、息ができなかったら人は生きていけません。もちろん、それもまた、医療が発達していると言えばそれまでですが。しかし、人が呼吸するという、この基本的な機能に基づいた記憶はきっと重要な意味をもつのではないかと思われます。
 先日、ヨーガ教室の中で、講師の先生が、「嗅覚というのは脳への刺激が一番伝わりやすいので、いいかおりを嗅ぐということはリラックス効果があります。」ということをおっしゃっていました。ですから、アロマなど自分が好きなかおりをかぐことは緊張が続くわたしたちにとって癒しの効果を発揮します。
 わたしはいつも米沢でお昼ご飯を食べると本当においしいと感じています。気の持ちようじゃないかとスタッフに言われますが、それだけではないように思います。福島でどんなにおいしいものを食べても何かが違うのです。
 先日、「福島県内と県外と何が一番違うと思いますか」と他県の学生に聞かれました。わたしは「空気」と答えました。それは本当にそう思います。震災以降福島でかおりを感じることがなくなったということもそうですし、実際に放射線核種が空気中にあるということもそうです。そしてまた、福島にいる人にしかわからない社会的な空気感というものもあります。自由になんでも話せるわけではないという閉塞感です。毎日、本当はいろんな制約を受けているのだけれど、それをいちいち考えていたら、息ができない、もう考えたくないと、感じていることです。
 福島の子ども達にはもっとたくさん外で遊んでほしい。でも、それがなかなかできない…。いったい自分に何ができるのか、その思いで始めたサテライト保育でした。福島におこっている不協和音は子ども達への支援活動さえ巻き込もうとしています。  今こそ、いいえ、何度でも原点に立ち戻って、かおりたつ福島に戻すにはどうしたらいいのか、それを感じることができる子どもを育成するにはどうしたらいいのか、考えていきたいと思います。
命と直結している嗅覚。もしかしたら、一番見過ごしにされている感覚ではないでしょうか。それを感じることができる子ども達をひとりでも多く育てていけたら、と思います。 
           辺見妙子
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2013.06.18 Tue l ●たけの子だより l コメント (0) トラックバック (0) l top

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