※昨年の震災の影響で日延べになっていたスライドショーですが、汐見稔幸教授の講演と小西さんのスライドショーというパワーアップした形で改めて実現いたしました。 当日が楽しみです。   辺見

「0から3歳児の元気が出る子育て」
 -そして、今森へ-


4月7日(土)午後1時~
福島市市民会館
参加費 無料(託児あり)


今、森へ!
 わたし達青空幼児園たけの子は「自然の中で幼児期に大切な五感を磨きその子らしさを大切にし共に成長する」ことを目標に平成21年4月に開園いたしました。
 子ども達は変容する現代社会において、その価値観、環境の変化に翻弄され閉塞状態を感じながら生きているといっても過言ではありません。それは若者、ひいては社会に出る大人になってからも多大な影響を与えていると思われます。
 わたし達は子ども時代に獲得するべきものは自尊感情であるとの視点に立ち、従来のカリキュラムを廃し、子ども自身 外で思いっきり遊びを創りだし、子どもの目線にたった保育記録(学びの物語)を付けることで子ども達の「生きる力」を育成したいと願っております。
 今回の講演とスライドショー上映で、森のようちえん・野外保育という考え方、子ども達ひとりひとりに目をむけるという生きた保育方針を少しでも多くの方に知っていただき、参加なされた方々が何かほっこりと温かい気持ちになっていただければそれ以上の幸せはありません。

汐見 稔幸[しおみ としゆき]

1947年大阪生まれ。東京大学教育学部卒業、同大学院博士課程修了。東京大学大学院教育学研究科教授を経て、2007年10月から白梅学園大学教授。東京大学名誉教授。
専門は教育学、教育人間学、育児学。育児学や保育学を総合的な人間学と考えており、ここに少しでも学問の光を注ぎたいと願っている。また、教育学を出産、育児を含んだ人間形成の学として位置づけたいと思い、その体系化を与えられた課題と考えている。三人の子どもの育児にかかわってきた体験から父親の育児参加を呼びかけている。保育者たちと臨床育児・保育研究会を立ち上げ定例の研究会を続けている。また同会発行のユニークな保育雑誌『エデュカーレ』の責任編集者でもある。

小西貴士[こにし・たかし]
1974年京都府生まれ。写真家と保育者の雑種。愛称はゴリ。写真は篠木真さんに多くを学び、保育は素敵は保育仲間と、お母さん・お父さん・子ども達から多くを学ぶ。八ヶ岳南麓、標高1,400mの清里高原―。そこに広がる森と野原で、「キープ森のようちえん♪」を中心に子どもたちをくんずほぐれつ転がりながら、「森で育つ子どもたち」をテーマに撮り続ける。写真とことばを、保育誌などで発表する傍ら、広く保育や子育てを応援するため、全国各地で写真展やスライドショーを開催する毎日。
http://ameblo.jp/gorilla-tarou/



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2012.03.13 Tue l ●たけの子からのお知らせ l コメント (0) トラックバック (0) l top
たけの子や自主避難者、福島の現状を取材してくれて放送してくれました。

http://videos.tf1.fr/jt-we/les-mamans-de-fukushima-7050493.html
2012.03.12 Mon l ●たけの子からのお知らせ l コメント (0) トラックバック (0) l top
2012年2月のご寄付ありがとうございます。
皆さまからのご支援で米沢でのサテライト保育を続けることができています。
ご寄付は保育料補助、灯油代、送迎のガソリン代、遠足の交通費補助に使わせていただいています。

福島自然の会様
高橋もと子様(賛助会員)
舟橋よしえ様
安斎総一郎様
竹内三恵子様
2012.03.09 Fri l ●ご支援のお願いと御礼 l コメント (0) トラックバック (0) l top
2月1日、渡辺亜矢子さんが亡くなりました。享年31歳、あまりにも早すぎた死でした。今月号のたけの子便りに彼女の思い出を書かせていただこうと思ったのは、亜矢子さんがたけの子創立のキッカケを作ってくれた一人であったからです。彼女の子ども達を愛する気持ちが創立を後押ししてくれたのでした。
 わたしが神奈川県藤沢市のつくしんぼを知って、福島で野外保育をしたいと思ったのが2006年。ちょうど保育士取得の勉強を始めた年でした。しかし、場所やスタッフのあてもなく、頭が古ぼける前にととりあえず勉強を始めただけでした。亜矢子さんとは同じ教会に行っていたので、彼女が結婚する前からの知り合いでした。その彼女はお子さんを次々と授かり、現在は三男一女に恵まれています。わたしが野外保育をしたいと思っていると話す(^^)と、「ぜひ、実現させてください。うちの子どもを入れたいです!」と言ってくれました。夢は見ていても、本当に福島でニーズがあるかどうか不安だったわたしは(根が楽観的なもので)将来に光を見出し、前へ突き進むことになったのです。
 でも、彼女の長男が幼稚園に入るまでには間に合わず、彼女はまだ生まれて間もない三番目のお子さんをかかえながら幼稚園に付き添うことがありました。その際の彼女の話しから今の横並び、カリキュラム重視の保育の実態を聞き、日本の幼児教育を憂いました。
例えば滑り台をする時、たとえ、滑りたいと思っていない子でも、たくさん滑りたいと思っている子でも、「みんな1回ずつね。」
と言われ、どんな子どもでも1回ずつなのだそうです。
思い返せばうちの上の子はただ園のまわりを回って歩いていて、あまりお友達と遊ばない子でした。でも、幼稚園は大好き。だからもしもそんな風に必ず誰でも1回やる、となったらきっといやだったでしょうね。
また、ある時、お花の絵を書いたそうですが、そこに葉っぱがないからと、保育者が葉っぱを書き足したそうです。なぜそんなことをするのでしょうか。
日本は戦争をきっかけに「同化政策」を取り、朝鮮や中国の方達の文化を取り上げ、日本語を話すことを強要しました。しかし、それは他国に対してだけではありませんでした。今の日本を見ていると「横並び」を非常に大切にしているかのように感じます。誰かが動くのを見てから自分が動く。人と違うことをすると「空気を読め」と言われる。個性を大切に、と言いながらその実は認めない。個性は認めるのではなく、個性はなくてはならないものなのです。
彼女は、今の幼児教育は何かが違うと感じ、たけの子の設立に深く関わってくれました。2008年10月からのプレ保育の時は「青空保育虹」の名前を使っていましたが、「虹」は子どもの団体らしくないからと言ったのも亜矢子さんです。何か植物から名前を取った方がいいということになり、天まですくすくと伸び、成長のどの部分でも人の役にたつ「竹」から名前をとり「たけの子」と命名しました。竹は筍として食卓を潤し、古くからその工作し易さから、人の生活と深く関わってきました。その様に、子ども達もすくすくとまっすぐ伸び、最後まで人としてお互いに支え合える人生を送って欲しいと願っています。
 亜矢子さんは本当にアイディアをたくさん持っていて、たけの子祭りの御みこしを作ろうと発案したり、市制だよりに載っていた古民家へ行ってみようと調べてきたり、たけの子の活動の幅が彼女のおかげで広がりました。また、彼女の笑顔はわたし達を癒し子ども達を見つめる目は慈愛に満ちていました。
 わたし達はかすかな光の差す方に向って、少しずつですが、歩いています。その歩みはたとえゆっくりでも亜矢子さんの遺志を継いで続けていかなくては思っています。
2月は山形市のスケート場へ子ども達と2回行ってきました。ゆうま君は風邪をひいたので1回しかいけなかったけれど、一度でずい分じょうずに滑れるようになりました。その次の日、モーニングミーティングの「やりたいこと」として、「スケート場つくりたい!」とゆうま君が提案。園の裏側にスケート場を作ることになりました。保育者から「水をまいて凍らせないと」と言われると、バケツに水を汲んで、えっちらおっちら皆で運び方。そして、シャベルで平になるように手作業の工事。本当に楽しそうでした。そんな豊かな発想ができ、遊びを発展させられるのも外で思いっきり遊べる環境があるからです。同じようにスケート場に行ったとしても、その後外で遊ぶことができなければそんな発想を実現させてあげることもできなかったなぁと今の環境をとてもありがたく思っています。
3月でゆうま君は卒園し、小学校に入学します。また、北海道に避難していたもとい君も一時福島に帰宅し、大阪に移住するために卒園はたけの子ですることになりました。子ども達が自分はかけがえのない存在であると感じて小学校へ行ってくれるよう皆で送り出したいと思っています。 (辺見)
2012.03.06 Tue l ●たけの子だより l コメント (0) トラックバック (0) l top
3月2日 お店屋さん給食

3月8日 お琴を聞こう

3月9日 お味噌作り

3月16日 卒園式

3月21日~22日 お泊り会
2012.03.02 Fri l ●保育予定/カレンダー l コメント (0) トラックバック (0) l top
3月21日
農村文化研究所でお泊まり会。
歩いて40分のスーパーでまずはお買い物。
行く時は追い風だったけど、帰りはものすごい向い風。
飛ばされないようにしっかりつながって!


歩道に雪がなくなったんだよ。
まだまだ雪は残ってるけど、春が近いんだね。


もとい大王。


夕飯は野菜タップリのラタトゥイユ、スティックサラダ、お豆とジャガイモのスープ。
キライな野菜も初めて食べられた子もいました。


ボク、シロメできるよって…。
わー!もといくんこわすぎー!!


今日はいつも遊んでる緑のマットがベッドに早変わり。
子どもチームで寝るんだよ。


3月19日
卒園式!
普通の園とは全く違う、参加(単なる出席じゃないの)している人が全員イキイキしているいい式でした。
1.開会のことばーもといくん


2.修了証書授与
ゆうまくんともといくんへ。

3.来賓あいさつ
農村文化研究所遠藤理事長より


4.子どもの発表
もといくんは大なわとびで、大波小波。
ゆうまくんはボールつき、60回。

5.保護者の発表
●しっぽとりゲームー保護者の手作りの動物しっぽ。

大人も子どもも本気モード!


●わらべうた「あんこもち」


◇わらべうた「たけの子めだした」
最後まで残ったのはゆうまくんのママ


6.保育者の発表
「アリババとふたりの盗賊」。迫真の演技!?


7.代表者あいさつ
ゆうまくん、もといくんへ贈る言葉。
そしてなおくんにもそれぞれ保育者手作りの絵本をプレゼント。

8.卒園生のことば
ゆうまくんともといくんから。
この時は米沢での思い出しか言わなかったもといくんだったけど、ママが帰り際に「前たけの子で行っていたところは全部行けなくなって、思い出すのが辛いから考えないようにしているようです。
この頃よく、66まで数えてというんです。66歳になったら小鳥の森に行けると思っているようです。」と教えてくれた。切ないね…。

9.送ることばー桜子ちゃん
在園児から、卒園児となおくんにプレゼントがあった。
保育者から頼んだのでないだけに、ありがたかった。


ゆうまくんからも園に色紙をもらった。宝物だね。

10.閉会の言葉ーゆうまくん

◇みんなで持ち寄りの会食


なおくんママの手作りクッキーのプレゼント


終始たけの子らしい、とってもいい式でした。


3月16日
月曜日が卒園式。
今日はおそうじしよう!というゆうまくん。
バケツに水を汲んで、床も壁もぞうきんがけ。
すっかりきれいになりました。
子ども達からきれいにしたいという言葉が出たのがうれしかったです


3月15日
ひょんなことから、“わな”ごっこに発展。
ダンボールとなわとびでわなを作りかわりばんこに仕掛ける人、つかまる人に。
「お菓子あげるから」という甘い言葉に誘われて進むと上からわなが降ってくるというという次第…。
うーん、ふかいなー。


3月14日
園の中の雪山をソリすべり。
新しく降り積もったからねー。
それにしても急斜面!


3月13日
今日は福島から5人子どもが乗っていったので、車は2台。
わたしの車を出したので、久しぶりにべスターを連れていく。
べスター、大はしゃぎ!!
犬好きの子はべスターと一緒に雪まみれ! べスターに雪のオニギリを作って食べさせたり、ね。


おやつはホットケーキを小さく焼いてあんこをはさんでどら焼き。
おいしかったねー!!


3月9日
近くの排雪場探検。
白いころは南極大陸のようだったんだけど…。
近くで見るととにかくデカイ!


じごーくごーくらく、えんまさんのまえでおきょうをよんで、はりのやまへとんでいけ~!

なんかこういう荒っぽいのがすきなのねー。

3月8日
今年もやってきました!味噌作りの日。二日かけて煮た豆は指でもつぶせるほど。
ゆうま君とさくらこちゃんは協力して豆潰し。一番なめらかだったね。


はるき君は指の力でギュッギュッ


もとい君はハンドミキサーで。機会好き?


1キロの味噌玉作り。結構たいへん。
はるき君以外の子はレンジャーごっこに夢中。


2キロずつ、11人分のお味噌の出来上がり。食べられるのは秋過ぎかなー!
毎度のことだけど、今日来れない3人の保育者の分もね。
自分で作った方ががぜんおいしいんだけどね

3月7日
「お琴を聞こう!」の日。
いつも元気に走りまわっている子ども達も今日は神妙な面持ち。


お琴も弾かせてもらった。
盲目の作詞家宮城道雄の歌でロバさん。目の見えない人が作ったと聞き、子ども達感心していた。



3月6日
ゆうま君がよく飛ぶ紙飛行機の作り方を教えてくれたよ。


バレンタインのお返しに吾妻さんがうわさの“塩あんびん”を買ってきてれくた。
甘くないあんこ、初体験
で…、なぜかみんな、ママにお土産だって。




3月1日
もとい君が北海道から一時帰宅。
園の除雪の山からそり滑りの上級者コースにチャレンジ!


来年度入園予定のたきと君は静かに雪ダルマ作り。
もとい君がたけの子に入った時もこの歳からだったねー、と感慨ひとしお

2012.03.02 Fri l ●保育日記 l コメント (0) トラックバック (0) l top