2月1日信夫山散歩
2月3日佐久間邸で豆まき&給食
2月8日小鳥の森
2月9日不審者対策
2月15日十二御前山
2月16日福島大学児童研究会影絵部の皆さんによる影絵
2月18日スケート
2月21日懇談会
2月22日小鳥の森
2月25日プール
2月28日誕生日会
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2011.01.26 Wed l ●保育予定/カレンダー l コメント (0) トラックバック (0) l top
1月11日新年おめでとう
         七輪で焼いたお餅を食べながら、たけの子勢揃い
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       「ここはアパートだよ」 
         「しゅんくんは1階」
         「じゃあ、ぼくは3階」
         「なおも上がりたい~~
         新しい遊びがまたできました。
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1月12日とけいやさ~ん、いまなんじ  い~~ちじ
         「あずま子どもの本の会」の皆さんとお手玉遊び。
         おとさないぞ! って、もうくん本気の顔。
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1月14日旧佐久間邸で今年最初の給食。
         もち米がふけるまでカルタ取り。
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        いろりは足があったまるよ。昔の人の知恵だね。
         外に出て、屋根の煙だしからいろりの煙が出ているのを一緒にみたよ。
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        いよいよ 餅つきがはじまるよ。
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              みんながんばったからおいしいお餅ができたね。
              つゆ餅ときなこ餅でおいしくいただきました

1月17日十二御前山でそり滑り!
          お昼ご飯を食べるのも忘れて遊んだね。
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        雪だるまを6つくっつけて機関車に。 どこに行く?
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1月26日お琴を聴こう
        初めてお琴の音を聴いた子もいたね
        自分達とお琴の大きさを比べたり、チューリップの曲を少し弾かせて
        もらったり、楽しかったね
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2011.01.26 Wed l ●保育日記 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 先日、放送大学の「心理臨床の基礎」の中で表出しにくい感情は〈攻撃性と甘え〉だと学びました。
 わたしは以前からもとい君がなぜ棒を持ちたがり、それを鉄砲に見立てるのかがわかりませんでした。いつも温厚な彼なのですが、鉄砲に似た棒を見つけては形を整え「バンバン!」と打ってくるのです。この科目を学んで、ようやく彼が遊びの中で攻撃性を上手に表現していたのだ、ということに気づきました。おととしは特にそうすることが多かったので、違う遊びに発展させたらいいのかどうかずい分悩みました。しかし、今振り返ると昨年から少しずつそれが減ってきたことがわかります。それは、自分の言葉で「イヤ」を言えるようになったからだと思います。頭に来た時、イヤなことをされた時、「こうこうだから、こうなった。だからやめて!」と言ったり、「かして!」と言ったりそれでも通らない時は時には力ずくで押し通そうとしたり、入会当初よりはずい分はっきり言葉や行動で自分の思いを表せるようになったなと思います。
 攻撃性といいましたが、実は甘えと表裏一体にあります。本当は甘えたいのです。でも、それを上手に表現できない時、しばしば攻撃的になるように思います。
 しゅんや君はお友達をグーではたきます。やっぱりグーは痛いので、せめてパーにしようね、といっています。だって、グーとグーでは握手できないですものね。お友達と手をつないでいくには開いた手開いた心が必要です。よく見ているとしゅんや君はじゃんけんでもグーしか出しません。パーやチョキも出せるようになるともっと遊びが楽しくなると思って声をかけています。
 二学期最後の日、しゅんや君が遅れてきたのでもとい君がちょっとからかって、「しゅんくんはパジャマをきがえるのがおそいんじゃないの?」と言ったらいきなりもとい君の胸にげんこつでパンチをいれちゃいました。わたしは離れたところにいたので、「あちゃー、どうなるかなー」と思って見ていたら、あまりの痛みにもとい君がきれて、しゅんや君の背中に大きなげんこつをドカーン! もとい君は大泣き。しゅんや君もメソメソ。どうやら見ていないところでなお君も参戦していたらしく、グズグズ。そばに行って、どうしたのかいろいろ聞きましたが、なかなかおさまりません。「言葉でいおうよ」といいましたが、子ども達の気持ちを察して「でも、口で言えない時もあるよね」と言ったらうんうんとようやくみんな納得したようでした。こんなこというのわたしぐらいかな~とも思いましたが、保育をしていると正論だけではダメで、その子の気持ちに添うことが一番の解決策になる時があります。
 攻撃性や甘えをうまく遊びの中で表現できるということは、すなわち自己肯定感につながるのではないかと思います。自分が持っている感情は決して悪いものではない、と思える子どもに育って欲しいのです。だって、やっぱり、大人になっても頭にくることはありますから。それを「こんなことを思うのは悪い自分だからだ」なんて思ってほしくはないです。
 「現代の生活問題」という科目では、現代の若者達の「生きにくさ」について書かれてありました。従来からの「基礎学力」に代表される「近代型能力」としての標準性・知的操作の速度・順応性と、「生きる力」に代表される「ポスト近代型能力」としての多様性・創造性・能動性という多元的な能力を企業や社会から求められている、というのです。つまり、企業戦士としての「近代型能力」と「独立開業」の気質ともいえる「ポスト近代型能力」の両方を求められているのです。そんなマルチな人間はいったいどれくらいいるというのでしょうか。講義の中では、そんな社会の中で一つの「望ましい家族」として「外とは異なる関係を両親が実現できる家族」とし、信田さよ子さんの「愛しすぎる家族が壊れるとき」から以下の文を引用していました。
それは社会システムと否が応でも連動せざるを得ない状況にあって、それでも家族の価値観がそれと連動しないようにいわば防波堤のように維持できる家族である。極端に言えば、社会でも規範を家族が崩すという相対化を敢えて行える家族である。このように時に開かれ、閉じられながら、子ども達の生き方に新たな光をあてられたら、とわたしも思います。
2011.01.26 Wed l ●たけの子だより l コメント (0) トラックバック (0) l top
12月1日「おーい きこえる」配水管、橋の上と下から声かけあって。

12月6日こんなに高くのぼれたよ!」
          なおくんはレスキュー隊員になりたいんだよね。

12月7日ボクものせて!」「ダメ!」「のせて!」
         ブランコのとりあいも楽しいね。

12月10日いつもと違うちょっとむずかしいところから挑戦してのぼっていた空ちゃん。「どうやるの~?」と聞いたら、きみちゃんが「こうやるんだよ」ととなりでのぼってみせた。そしたら、空ちゃんものぼれたね

12月13日「ボク、こういうの好きなの」とお線香が燃えるのをジッと見るもうくん。
「火の中に電気があるよ」って教えてくれた。

12月16日ボールをかたずける時、いっぺんにできる方法を発見したね。

12月16日クリスマスの給食はみんなで作ったシチューとチキン。

12月17日ボクがんばった」
のぼる足場がないところから、保育者の手をかりてがんばってのぼりきったしゅんくん。思わず出たひとこと。

12月20日親子性教育で、お母さん人形から赤ちゃんが生まれるのを真剣に見つめる子ども達。

12月21日〈あったかいごとやの〉でサンタさんからプレゼントもらったね。みんなの「くまさんくまさん」じょうずだったよ。
2011.01.26 Wed l ●保育日記 l コメント (0) トラックバック (0) l top
1月11日3学期始業式発育測定
1月12日お話し会
1月14日佐久間邸にて餅つき・だんごさし
1月17日十二御前山
1月19日書初め
1月20日プール
1月25日小鳥の森
1月26日お琴を聴こう
1月27日スケート
1月31日懇談会


2011.01.26 Wed l ●保育予定/カレンダー l コメント (0) トラックバック (0) l top
たけの子だより 2010年12月11日

 11月26~28日の三日間、「第6回森のようちえん全国フォーラムin山梨」に参加してきました。
総参加者数500名という今までで最大規模の大会となりました。なにか、大きなうねりというか、未来の日本、ひいては世界の小さな希望のようなものを感じてきました。日本もまだまだ捨てたもんじゃーないのだなと。
 初日の「エコビレッジ」の話しは非常に興味深かったです。日本に古くからある里山を中心とした生活形態を意図的に再構築していく、といった感じです。世界各地でこの試みは実際に始まっており、自然と共に人と共に生きる、新しい形態として今後注目を集めていくことでしょう。日本でも福島県飯館村でこの取り組みが始まっている、との報告がありました。何よりも、このことを日大で科目として取り上げ研究しているというのですから本当に驚きました。少子高齢化社会、または子ども達がかかえる引きこもりなどの問題解決に繋がるのでは、と思えました。政治家の先生方にぜひ聞かせたかったです。
 1日目の夜は、わたしはつくしんぼの福永雪子さんの講演を聴きました。1時間半では語りつくせない28年間の歴史を背景に語る福永さんの言葉には重みがあり、たけの子の未来に明るい展望を見出すことができました。最後に「大人は大人らしく、子どもは子どもらしく」とおっしゃっていました。それはつまり同じことで、「その人らしく」ということなのだと。
 翌日の朝食時にも福永さんとお話しできたのですが、その中で保育者も思っていることを言っていいのだということを言っていただきました。
 福永さんのお子さんがまだ小さい頃、お手伝いの方がいらしたそうですが、その方が子ども達が汚して帰ってくると「もう、こんなによごして~」と言っていたそうです。それは、別に「もうよごしてこないで!」と言っているわけではなく、「あなた達がよごしてくると、わたし、困るのよ」と、大人の立場からものをいうのは悪いことではないと教わったとのことでした。保育者がかける言葉について迷っていたわたしは、目からウロコでした。
 先日、こんなことがありました。太平寺公園で遊んでいる時、しゅん君のマフラーをはると君が汚したと言ってしゅん君が大泣きしました。見ると、確かにちょっと汚れています。「かわくと取れるよ」となだめて歩き出すと、なお君が「はると君はしゅん君のマフラーを汚したから、手つながない」と繰り返し言っています。はると君は「よごしてない!」といいはります。「よごした!」「よごしてない!」とふたりのやり取りはどこまでも続くように思われました。この際、どうなるのか見ていようと心に決め、見守っていると、なお君が「じゃー、今度やったらデコピンだよ!」と言ったのです。みんなその言葉にホッと笑顔になり、「デコピンって痛くないよ」などと話しが盛り上がりました。しゅん君もニコニコ。自分のことじゃないけれど、代わりに言ってくれる友達がいるってなんて心強いんでしょう。しかも、最後はユーモアでしめてくれたなお君。
 実はいじめの温床になっているのは、無関心な傍観者です。友達が困っているときに黙っていられないという気持ち、大切にしたいです。
 正直、こんな時子ども達になんて声をかけていいのか迷います。自分のことじゃないのに友達を思って怒っているのですが、言い過ぎてやしないか心配になります。でも、この時は黙っていてよかったと思いました(先の福永さんの話しとは逆ですが)。子どもにはちゃんと解決する力があるのだと再認識した出来事でした。
 森のようちえん全国フォーラム最後は岐阜大学教育学部の今村光章先生の「森のようちえんの教育的意味づけを求めて」というお話しでした。その中でわたしが最も印象に残ったことは「遊びこむ世界への回帰:従来の幼児教育の再考契機」という内容で、〈溶解体験への扉を開く(世界とひとつになる経験)〉です。例として絵本の「かいじゅうたちのいるところ」「あおくんときいろちゃん」(いずれも辺見宅にあります)を上げていました。この、「世界とひとつになる経験」は決して生産的なことでも、有効的なことでもないのだけれど、これこそが、生きる厚みを創るのだと教えていただきました。子ども達の様子を見ていると正しくその通りで、ただ、ひたすら土を掘っていたりします。何が出てくるわけでもなく。
 「遊びこむ・・・」ということで、もう一つ。〈人間になる教育のなかで動物であることを認識する契機〉というお話しもしていただきました。人は人間になる以前に動物です。動物‐人間-超人間(人間を超えた存在になる教育)という縦のラインを創るのが森のようちえんではないかとのお話でした。その縦のラインが喪失している現在、森のようちえんが行っている体験を中心とした保育が、わたし達が人間として生きる前に動物としてのしぶとさたくましさを獲得することができる教育なのだと感じずにはいられませんでした。
 まとめとして「森のようちえん活動は、それ自体が教育的な意義を有してるだけではない。人間になることの意味と人間の生の技法の豊かさを問い直す教育の広がりを考え直す点で、大きな教育学的意義がある。実践者も、幼児教育のなかで子どもたちに何を願うのか、そして子どもの何を現実として認識し、どのようにかかわるかについて、大きなヒントを得ることができる貴重な教育である。」としめていただきました。そして、いずれ森のようちえんが量的に増えることによって質的な変化を生み、今の幼児教育を変えることができるかもしれないとも。
 来年の春、保育者の一人が新しく森のほいくえんを立ち上げます。福島でもいずれ森のようちえんを保護者が選べる時がくるでしょう。わたし達は福島のパイオニアとして、これからも子ども達の成長を豊かに育んでいきたい、と思いを新たにできたフォーラム参加でした。

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